「あきらめないこと」はいいことか

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今回のテーマは、「あきらめないこと」についてです。

よく、「あきらめないことが大事」とか言いますが、本当にそうなんでしょうか?

私は、場合によっては、この「あきらめないこと」が悪い方向に転じるのではないかと思っています。

この主張の理由を3つ挙げてみました。

1つ目は、1つのことに固執・執着してしまうからです。

あきらめたくないときは、何か1つの考えに固執・執着しており、なかなかその考えから抜け出せなくなってしまうことが多いです。

あきらめて他の考えや行動に移すという思考を捨てているため、ついつい頭が硬くなってしまいがちです。

こういうときって、誰かに相談するとすんなり解決する場合が多いんですよね。

それは多分、相手から自分を客観的に見てもらうことで、自分がいかに1つの考えに固執・執着していたかが分かるからだと思います。

したがって、自分を客観視することを自分でできるようになれば、あきらめるべきことはあきらめるという柔軟な思考を手に入れられると思います。

2つ目は、周りのことに目が向かなくなってしまうからです。

あきらめないときは、それについ夢中になってしまう場合が多いです。

それゆえに、自分のことだけに目を向けて、周りのことには目を向けなくなってしまうという状況にもなり得ます。

1匹狼で生きていきたい人は、それでもいいかもしれませんが、人はやはり周りから支えられなければ生きてはいけないと思います。

あきらめなさすぎて、つい夢中になって周りへの感謝の気持ちが薄れてはいけないと思います。

ときには見切りをつけて、一旦自分の作業から離れ、周りに目を向けてあげることが大切だと思います。

3つ目は、時間を無駄にしてしまうことがあるからです。

これは、自分の実体験からです。

私の場合は、中学や高校時代、数学などの問題がどうしても解けなくて、解けるまで粘り続けるということをやっていたことがありました。

解答を見たり、ネットで調べればすぐに分かるのに、それをせずに自力で何とか解こうとしていました。

そのせいで時間を多く使ってしまったり、夜も遅くなったりして、かなり疲れてしまったという苦い経験があります。

もちろん、あきらめないことでその分、それに時間をたくさん使えるというメリットはありますが、このように後から振り返ってみると、その時間が無駄だったということは結構あります。

あまりにもあきらめが早すぎるのも、せっかく作った時間を無駄にしますが、あきらめが遅すぎた場合の方が、無駄にした時間は大きいです。

しかし、これも捉え方次第です。

あきらめずに頑張った時間を財産と考える人もいます。

ですが、あまりにもあきらめが悪すぎた場合、これを財産と言ってもいいのかというと、微妙なところだと思います。

もちろん、あきらめないことも大事です。

あきらめない限り、目標を達成することができる可能性があります。

あきらめれば、そこで可能性は終わります。

もともとこの記事を書こうと思った理由は、自分があきらめるのが嫌いな性格だからです。

あきらめないことがいいことも多くありましたが、あきらめた方が良かったこともたくさんありました。

ここの見切りのつけかたについては、まだまだ修行中です。

あきらめるべきタイミングもしっかり見計らっていかなければならないも感じました。

今回は以上です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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