努力には基準はないと思うけど、目的を決めるといいかも

ランニング
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今回のテーマは、「努力の基準」についてです。

最近、距離を踏み始めて、走っている最中に、ふとこんなことを考えました。

「努力の基準って何だろう???」

努力っていう言葉はいい言葉ですが、あまりにも抽象的すぎます。

しかし、

「努力は大事!」

「努力は裏切らない」

「努力に勝る天才なし」

「正しい努力をしなさい」

とか言われたことは誰でもあると思います。

いつも突っ込みたくなります。

「じゃあ、その努力って具体的に何???」

でも、自分でも答えが出せないんです。

努力の量、質、時間、結果など、努力の基準に値しそうなものがいくつかありますが、どれもしっくりきません。

というのも、月間走行距離を増やせば増やすほど速く走れるっていうことはないし、毎日ポイント練習したら過度な疲労が蓄積するし、だらだら練習するのも時間の無駄だし、努力しなくても結果が出せる人っているし…

 

走っているときに結構考えた結果たどり着いたのが、「努力に基準はないな」ということです。

人間、特に日本人は基準とか平均を気にする人が多いと思っています。

あまり周りとかけ離れているのは好きじゃないみたいですね。

確かに、基準があると自分がどの位置にいるかも分かりやすいですし、そこに向けてやればいい話で単純です。

しかし、走るのって単純なようで難しいということは、ランニングを11年やってて思いしらされています。

単純は単純でも極めるとなると単純ではなくなるのです。

特に記録を求める選手はそんなに単純で甘い世界ではありません。

 

「じゃあ、どうやって努力しろっていうんだよ」

と思う人はいると思います。

自分なりに考えた結果、努力に目的を設けるといいのかなあと思います。

努力って抽象的すぎますので、目的を設けることで進むべき方向をある程度決めます。

自分だったら、8月の目的は脂質代謝を向上させることです。

脂質代謝を向上させる方法にはいろいろあり、単純に距離を増やすだけがいいとは限りません。

同じ距離でも、2回に分けるより、1回でまとめて走った方が脂質代謝の向上効果は高いんです。

目的は人それぞれですので、別に目的が走行距離でもいいのかなあと思います。

結果より走った距離が大事だとする人も中にはいます。

何が基準になっているというのではなく、十人十色だということです。

その目的のためには何をやるのが効果的か考えます。

基準に達すればそれでいいというような思考停止の考えではなく、自分で考えて努力することこそ努力なのではないかと個人的に思います。

 

今回の考えはあくまで個人的であることはご了承ください。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

コメント

  1. yasu より:

    こんにちは
    確かに努力という言葉は抽象的に感じますね。
    人によって努力に対する度合いも違いますし、
    誰かと比べる事をしなくても、その人が目標に向かって行っている行動こそが努力
    そうかも知れないですね。

    • たっちゃん より:

      ありがとうございます。努力の捉え方は人それぞれですが、自分はこう思うというのを文章にしてみました。

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