「競技」としてのランニングをいっときやめます。

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きっと、このタイトルを読んで衝撃を受けた人もいると思います。

この記事にアクセスしてくださった人に真実を話します。

私は今までランニングを11年やってきましたが、「競技」としてのランニングを引退することをここに決意します。

ですが、走ることをやめるわけではないので安心してください。

私は、小学3年生の校内持久走大会でドベになったことをきっかけに陸上を始めました。

そこから地域のランニングクラブに所属し、朝6時から30分練習を始めました。

そして、小学4年の持久走大会では2位、5・6年では1位になり、校内だけでなく県でも3番ぐらいの実力へと急激に進化しました。

しかし、苦しんだのは中学生からです。

中1の頃までは県で1桁順位になることもありましたが、2年からは良くても20番台と一気に落ち込みました。

中1、中2、中3の中体連では思うような結果が出ず、家に帰って2時間ぐらい布団に込もって泣いていました。

中3の駅伝で1区を走れなかったときもですね。

中学生から社会人までの駅伝でも足を引っ張ってばかりで、市には大変な迷惑をかけてしまいました。

「高校でこの悔しさを晴らす」

そう思いました。

そして、高校でも陸上を続けました。

しかし、高校も同様に高1の総体の自己ベストを3年間で更新できないまま、終わってしまいました。

小学生や中学生の頃には勝っていた人にもどんどん離され、相当悔しかったです。

ですが、高校は進学校だったこともあり、「勉強で忙しいからしょうがないか」と思う部分もありました。

高校でも結果が出せなかったので、このままでは終われないと思いましたし、走るのはずっと続けようと思っていました。

しかし、いざ大学生になって勉強をあまりしなくなってから1年になりますが、未だに伸びないどころか高校のときよりも遅いんです。

中学生から社会人までの駅伝の選考会も今日の駅伝も高校のときより遅い…

みんなの前では見せなかったのですが、家に帰って中学生の時のように、部屋に込もって落ち込みました。

・「どうしたら速くなれる???」
・「もっと速くなりたい…」
・「速い人がうらやましい…」
・「自分より練習量が少なかったり、ブランクがあった人に何で負ける?」
・「後輩に負けるのが先輩として一番悔しい…」
・「単に練習だけでなく。メンタルや遺伝の問題なのか??」
・「練習しすぎって言われるけど、頑張りすぎないのって相当難しいしどこまで練習量を落としたらいいのか…」
・「そもそも練習はしすぎなのか???」
・「速かった頃にもう一度戻りたい…」
・「小学生の時練習やり過ぎたのか???」

など、挙げればきりがありませんが、いろいろ考え出しました。

こういうことを考えているうちに、だんだん落ち込んできたり、自分に腹が立ったりして、恥ずかしながらも涙が出てきました。

でも、ふと振り返ったとき、この悩みの原因は「速くなりたい」という強い執着心から沸き起こっていることに気づきました。

そして、すぐに涙を流すのをやめ、気持ちを切り替えました。

こんなに落ち込んで悩んでいながら、なぜか走るのをやめようとは1ミリも思わないんですよね。

走るのは好きですし、走る前や後の他の人との繋がりが大好きなんです。

そこで、いっとき「競技」としてのランニングをやめ、純粋に走るのを楽しもうと決意しました。

実際、来月のフルマラソンは超楽しみなんです。

楽しんでいれば自然とタイムもついてくるかな~って思います!

「速さを追求すること」に執着しすぎていました。

仏教でも「執着心を捨てろ」なんていうの習いましたっけ(高校の内容とかほぼ忘れてる)

そして、速さに執着しすぎると、時計を見てタイムが遅かったとき、気持ちも落ち込んでいました。

だから、今後はタイムもそんなに気にしません。

時計を見る回数も激減します。

その方が逆にタイムも縮まるんじゃないかとも思っています。

「キロ何分で刻む」

そんなのどうでもいい。

ただ走るのを純粋に楽しむだけ。

さすがに初マラソンとなるので、距離はしっかりと踏んだり、練習会のときは追い込みますが、これからはしっかりと走るのを楽しんでいこうと思ってます!

長い文を読んでいただき、ありがとうございました!

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