こんな状況だからこそ自主性を磨く

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今日のテーマは、「自主性」について。

現在、コロナウイルスの影響で外出自粛要請が出ており、自宅にいる人が多いと思います。

仕事がない人は少ないかもしれませんが、テレワークになったり、学生であれば学校や部活が休みになっている場合も多いでしょう。

特に学生に関しては、この期間に家でだらだら過ごすこともできなくはありません。

ここで、なぜ人はだらだらしてしまうのでしょうか?

私が考えた答えは、

「それまで自主性なしに過ごしてきたから」

だと思います。

誰かから強制的に何かをやらされれば、やらざるを得なくなる状況になり、そのときは仕方なくやると思います。

しかし、その強制が外れてしまったとき、人は何をやっていいのか分からなくなり、だらだらと過ごしてしまうのだと思います。

一方で、自主性を持って過ごしてきた人の場合、周りの強制が外れても自主性が存在するので、だらだらと過ごしてしまうことは少ないと思います。

もちろん、だらだら過ごす時間も体や心のケアのために必要だと思います。

しかし、だらだら過ごす時間が長く続けば、それは時間を無駄にしているとしか思えません。

私は、誰かから強制されて物事をやることが大嫌いです。

今まで、

「勉強しなさい」

「練習しに行きなさい」

などと言われたことは、ほとんどありません。

別に言われること自体が嫌なわけではなく、あくまで自分からやっている感じです。

この自主性があったおかげで、春休みもいろいろなことにチャレンジすることができました。

よく指導者の意味について考えます。

学校の授業や部活では、指導者がほとんどその場を仕切ることが多いですが、これには疑問を感じます。

学校の授業を例に挙げると、そもそも個人間でレベルが違うのに、全員に同じ内容を教えるのはどうかとも思います。

中には難しすぎて授業についていけなかったり、逆に簡単すぎて授業がつまらなくなる人もいるはずです。

これは部活動でも同じで、ウォーミングアップや練習内容を全員同じにする指導者もいますが、これって各個人の力を引き上げるのに最適なんですかね?

中には、団結力を磨くためだと主張する人もいるかもしれませんが、団結力って個々の力が集まってできるものであって、まずは個人の力を引き上げる必要があると思います。

私は指導者は必要なときにてを差しのべるだけで、あとは自主性に任せてもいいのではないかと思っています。

やっぱり、何事も自己解決するのは限界があるので、指導者がいないと困ってしまうことはあります。

悩みがなどがあるときは、どうしても自分だけでは解決しないことがほとんどです。

したがって、指導者がいない方がいいと主張しているわけではありません。

今の教育システムは、もう少し自主性を尊重してもいいのかなあと思っているんです。

しかし、全員に同じ内容を指導する方が、1人1人の自主性を考えて調整して指導するよりも、明らかに簡単です。

そこまで指導に熱心ではない先生からすると、簡単な方を選ぶと思うので、難しいところです。

ところが、現在はコロナウイルスの影響で、指導者は生徒の自主性に任せ、学校や部活を休止しているところが多い状況です。

こんな状況だからこそ、自主性を育てるチャンスだと思います。

学校の課題があればそれをやってからですが、その後は自分が本当にやりたいことや将来したいことを考えて行動するといいと思います。

分からない場合は、とりあえず今できることを自主的にやるといいと思います。

私は、操り人形ではないので、自主性を持っていろんなことにチャレンジしていきたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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